バレーボールの髙橋塁選手。
髙橋藍選手のお兄さんでも有名ですよね!
学歴が髙橋藍選手と高校まで同じということで
今回は兄の髙橋塁選手の学歴と一緒に生い立ちを見ていきたいと思います!
髙橋塁の学歴まとめ!
- 小学校:京都市立常盤野小学校
- 中学校:京都市立蜂ヶ岡中学校
- 高校 :東山高等学校
- 大学 :日本大学
高橋塁選手は京都出身です。高校まで京都にいて大学から上京してきたようですね。
詳しく見ていきましょう!
髙橋塁選手の通っていた小学校は京都市立常盤野小学校
髙橋塁選手の通っていた小学校は京都市立常盤野小学校です。
<京都市立常盤野小学校>
住所:〒616-8181 京都府京都市右京区太秦京ノ道町20−5
弟の髙橋藍選手とは2学年差の髙橋塁選手。
小学校時代をともに過ごしたようです。
塁選手が小学校2年生の頃テレビで見た栗原恵選手のプレーに憧れ
髙橋家のバレー人生が始まったようです。
栗原恵さんのバレー姿を見て、俺がバレーをやりたい!
って思った日から髙橋家のバレー人生が始まった。
バレーって何?から始まったが、気づけば藍もボールを握っていた。
毎日の様に藍と公園でパスをした。
今思い返せば、絶対だるかったと思う。
でも、藍は笑顔で俺の後ろをついてきてくれていた。
小学3年生の時に地元の「京都ヤングバレーボールクラブ」に通い始め藍選手は当時は練習相手ようです。
髙橋藍選手は兄の塁選手の練習相手や人数の埋め合わせで出たりしていて
小学校2年生のときにクラブに入部した。
小学生から兄弟でバレーの練習相手なんていいね!
髙橋塁選手の通っていた中学校は京都市立蜂ヶ岡中学校
髙橋塁選手の通っていた中学校は京都市立蜂ヶ岡中学校です。
<京都市立蜂ヶ岡中学校>
住所:〒616-8313京都府京都市右京区嵯峨野開町1-1
髙橋塁選手は地元の中学に通い、バレーボールを続けていました。
中学3年生の時は塁選手はチームのエースで、弟の髙橋藍選手も入学し
藍選手がリベロでボールを上げて塁選手が打つ!という形ができていたようです。
小学校からいつも一緒に練習してたから息もピッタリだろうね
中学生のときに、兄弟で全国大会に出場しています。
髙橋塁選手の通っていた高校は東山高校
髙橋塁選手の通っていた高校は京都の東山高校です。
<東山高校>
住所:〒606-8445 京都府京都市左京区永観堂町51
バレーボールで名門高校で私立の男子校の東山高校ですが
塁選手は1クラスだけある「トップアスリートコース」だったそうで
3年間、クラス替え・担任一緒・席替えなしだったそうです。
席替えぐらいはしてほしいね!
3年間同じ席ってすごい!
塁選手は高校時代は優秀だったそうで、クラスで常に1〜2位で3年間オール5の成績だったそうです!
当時、東山高校はサッカーやバスケも強く
現在活躍している湘南ベルマーレの池田昌生選手やBリーグのカロンジ・パトリック選手が
同じクラスにいたそうです。
クラスメイト豪華だね!
塁選手が3年の時に、弟の藍選手も入学してきました。
目標は「一緒に全国優勝を!」だったそうですが、
京都の高校男子バレーはレベルが高く大塚達宣選手が率いる強豪校「洛南高校」に
惜しくも敗れ春高に出場することが出来なかったようです。
高校時代はしんどすぎて辞めたいって何回も思ったけど
辞める選択肢がなかったと言っていた塁選手。
大学に進んでもバレーを続けます。
髙橋塁選手が通っていた大学は日本大学
髙橋塁選手は高校卒業後、日本大学に進学しました。
<日本大学>
住所:〒102-0074 東京都千代田区九段南4丁目8−24
塁選手は日本大学のバレーボール部に所属し1年生からレギュラー出場しています。
ちなみに2年後、藍選手は日本体育大学に入学したため
大学で初めてチームメイトではなくライバルとしての対決をすることになります。
大学時代の活躍と怪我
塁選手の大学時代の活躍は、3年生のときに全日本インカレで3位に!
45年ぶりだったそうです。
そして、4年生では主将を務めました。
ですが、大学4年の夏場の練習で腰を痛め、練習もできない状態になってしまったそうです。
膝の半月板損傷とヘルニアで、最後のインカレは出場できなかったそうです。
当時の気持ちを話していました。
小学生から大学まで、学生時代はずっとキャプテンで、試合に出るのが当たり前やったから、試合に出られない、ユニフォームも着られない経験自体が初めて。こんなにチャンスがないんだって正直思ったし、モチベーションが下がった時期もありました
当時すごく辛かったんだろうね。
気持ちが吹っ切れたのは信頼している整体師のおかげだそうで
塁選手は整体師に「試合に間に合わせてほしい」と言ったが
今がピークじゃない、しっかり治療しよう
と説得されたそうです。
塁選手は目先の大会しか見えてなかったけど整体師は将来を考えて言ってくれたんだね
サントリーサンバーズに入団
腰を痛め、大学の後半は試合に出場できなかった塁選手ですが
SVリーグのサントリーサンバーズから内定をもらい大学卒業後入団しました。
入団しても1年目は腰の状態があまり良くなく試合に出場する機会は少なかったそうです。
そんな自分がサントリーサンバーズにいることがもどかしく
また「藍の兄だからサントリーに入れた」などの聞きたくないことを耳にし
SNSでも目にしてしまったそうです。
でもバレーをやる選択肢しかないと思った塁選手はどうやったら自分が選手として出られるか考えた末に
流れを変えたい時に投入される「ピンチサーバー」を磨こうと思ったそうです。
サントリーサンバーズ2年間年目では、腰の状態もよく試合に出る機会も増え
なんと弟の藍選手もイタリアからサントリーサンバーズに移籍し
高校生ぶりのチームメイトとして試合に出場しました!
髙橋塁のプロフィール
- 名前:髙橋塁(たかはし・るい)
- 生年月日:2000年1月14日
- 年齢:24歳(2024年現在)
- 出身地:京都
- 血液型:A型
- 身長:186cm
- 体重:80kg
- ポジション:アウトサイドヒッター
- 所属チーム:サントリーサンバーズ
まとめ
今回はバレーボール選手の髙橋藍選手の兄、髙橋塁選手の学歴をまとめました。
栗原恵選手に憧れ、髙橋家のバレー人生が始まったと話していた塁選手。
怪我に悩まされた時代もあったそうですが、今サントリーサンバーズで活躍できて凄いです!
最後までお読みいただきありがとうございました!
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